社会 / 高齢者問題 / 不動産詐欺 特集レポート
📍 神奈川県相模原市
👤 被害者:七十八歳・男性
💴 被害総額:1870万円
参考記事:
築35年物件の「持ち分」買わされ、全預金失う 認知症狙う悪質手口
■ 1. 結論
本事件は、高齢者の孤独や認知機能の低下を組織的に狙った悪質な不動産詐欺であり、専門職の形骸化した確認作業や社会的な孤立が被害を深刻化させています。
■ 2. 要約
相模原市で発生した、高齢男性が1,870万円を騙し取られた「共有持分」詐欺事件を解説しています。犯行グループは9万人もの名簿から認知機能の衰えた高齢者を抽出する冷酷なマニュアルを用いていました。また、本来ストッパーとなるべき司法書士が対面確認を怠った点も被害拡大の要因と指摘。筆者は自身の技術者経験を交え、書類上の手続きではなく「現場の異変」を察知する重要性と、孤立を防ぐ公的支援の活用を訴えています。
■ 3. この記事を読んでわかること
- 資産価値が乏しく、売却も困難な「不動産共有持分」を悪用した詐欺の手口と実態
- 犯行グループがマニュアルを用いて組織的に高齢者の弱みや認知機能を狙っている恐怖
- 孤独や詐欺被害から身を守るために、日常生活自立支援事業などの「第三者の目」を入れる重要性
共有持分という名の錆びた罠と奪われた財産

出典:元技術者・健一の現場回顧録より ©Kenichi / 健一の雑学あれこれ
さっきまでストーブをつけていた。もう四月だというのに、夜になると部屋の底から冷えが這い上がってくる。札幌の春は、そういうものだ。
この記事を書く前に、しばらく手が止まった。
七十八歳の男性が、神奈川県相模原市で、1870万円を奪われた。不動産の「共有持分」と呼ばれる仕組みを使った詐欺だ。築三十五年以上のワンルームマンションの、わずか数分の一という所有権を、次々と買わされた。
共有持分とは、他の所有者全員が首を縦に振らなければ、売ることも管理することも、まともにできない代物だ。一般の市場では、資産としてほぼ値がつかない。最初から出口のない、箱の中に押し込まれたようなものである。
1870万円
その重みを、私なりに想像してみる。三十二年間、オートガススタンドで働いてきた。冬の夜明け前、まだ誰も来ない構内で、凍えた配管を素手で確かめながら、一日が始まった。指先が覚えている、あの三十年分の重みが、そのまま数字になったような金額だ。
業者はその重みを知っていて、それでも奪った。それが、この事件の本質である。
組織的な腐食:9万人の標的と冷酷なマニュアル

業者の手元に、名簿があった。
高齢者を中心とした、約九万人分。その中から、孤独を抱えた人、健康への不安を持つ人を、組織的に選び出していた。
さらに驚くべきことに、勧誘のマニュアルには、相手の認知機能の低下を探るための質問項目が、具体的に書き込まれていたという。
配管の、目に見えない錆を探し当てて、そこに穴を開けるような話だ。
現場で長く働いてきた人間なら、分かる。機械は正直だ。弱いところから、必ず壊れる。人間も、同じなのだろう。業者はそれを知り尽くしていて、弱いところだけを、精密に狙っていた。
これを「営業ミス」と呼ぶ者がいたとすれば、私はそれを認めない。これは組織犯罪だ。設計されていた悪意である。
専門職の機能不全:現場の確認を怠った代償

この事件には、もう一人、問われるべき人間がいる。
司法書士だ。
不動産の権利を移転するとき、本人確認は義務だ。法律の門番と呼ばれる所以は、そこにある。ところが提訴された司法書士は、被害者の男性と一度も顔を合わせず、電話一本で確認を終わらせたとされている。
数値は正常でも、現場に立てば分かることがある。
耳を澄ませば、機械は必ず何かを言っている。かすかな異音、いつもと違う振動、空気の匂い。それを感じ取れるかどうかが、事故を防ぐかどうかの、ほとんどすべてだった。書類の上だけで仕事を完結させた人間に、その「感じ取る」という行為があったとは、どうしても思えない。
本人の意思を確認するとは、単なる手続きではない。目の前の人間の、表情を見ることだ。言葉の端に漂う迷いを、五感で受け取ることだ。
それができなかったとき、この悲劇は決定的なものになった。プロとしての矜持とは、そういうところに宿るものだと、私は思っている。

生活を守るための手入れ:孤立を防ぐセーフティーネット

この事件を読んで、何が怖いかといえば、独りでいることへの恐怖が、人をこれほど無防備にさせるという事実だ。
業者が狙ったのは、財産だけではない。孤独だ。
孤独につけ込まれないための「手入れ」として、日常生活自立支援事業という制度がある。社会福祉協議会などが実施する仕組みで、福祉サービスの利用援助や、金銭管理の支援を行うものだ。
冬の前に、灯油ストーブの芯を替えておくのと同様に、元気なうちから地域や公的機関と繋がり、第三者の目が定期的に入る環境を作っておくことは、生活を守るための必須事項だと思っている。
仕組みや制度がいくら整っていても、最後に人を守るのは、誰かがその人の「声の震え」に気づけるかどうかだ。
介護をしていると、それがよく分かる。母の声が、いつもと少し違う朝がある。言葉の内容より先に、何かが伝わってくる。そういう「気づき」は、制度の外にある。毎日の積み重ねの中にしか、育たない。
不器用でも構わない。家族でも、隣人でも、誰かと呼吸を合わせて、互いの無事を確かめ合うこと。
その愚直なまでの、命のメンテナンス。それだけが、冷たい風から身を守る手段なのだ。
還暦の現場技術者・健一:プロフィール
札幌在住。32年間、石油業界の最前線でプラントのメンテナンスに命を削ってきた元エンジニア。
厳寒の地でボルト一つ、バルブ一つの「軋み」を聞き分けてきた経験は、今、アニメの中に生きるキャラクターたちの「心の軋み」を読み解く力へと変わった。現在は統合失調症の妹と高齢の母をケアする生活者として、日々「ままならぬ現実」と対峙している。
効率やスピードばかりを尊ぶ現代において、あえて時間をかける「手入れ」の尊さを説く。私の書く言葉は、雪の夜のストーブのように、不器用だが確かな熱を宿すと信じている。
© 健一 / 無断転載を禁じます


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